前年夫人が突然の病気で世間を去りました。夫人は入院した時折とうにトータルが病気に蝕まれていたのです。直ちに苦痛のメンテも出来なくなり、薬で眠った状態になりました。

起きていると幻覚や妄想があって、暴れたり、暴言を吐いたりするので、本人のためにも周りのためにも、眠っている方が良いとのことでした。

意識がある時折、洗濯物を取り去りに行ったり、それが欲しいって言われれば、買って送りたり、めしの付き添いをしたりって僅か流行ることもありましたが、眠ったときのままの時も、毎日通いました。

それこそやることなんて無いのです。ただ黙って面持ちを見ているのみ。夫人の身なりで気がついた事があれば、メモ用紙に記録していました。何の結果だったのでしょう。

自分でもよく分かりませんが、漸く夫人がライフのおわりを自身に見せてくれているのだから、敢然と覚えて置きたかったのかも知れません。

医院で乗り越える様々な加勢を見極める機会に恵まれたのも、意外と良かったです。最後の最後まで床ずれが出来ないように、開けっ放しの口のミドルが乾かないように、気を配って頂きました。

今でも、医院のスタッフの皆さんにはサンキュー。これもしげしげと夫人の身なりを見ていたからこそ、考え付けたことだと思います。

夫人の妄想や幻覚に対応していた時は、それだけで手一杯になってしまい、四方をしげしげと探る残りはありませんでした。夫人を眠らせたままにして置く状況への負い目もありましたが、こういう安堵の気持ちでいくらか薄れていきました。

夫人が体調不良を訴えだしてから、入院、無くなるその日まで所詮3ヶ月ほどでした。私としては力一杯夫人に付き合ったつもりである。

夫人が亡くなってから自責したくなかったからです。ですが大変、夫人は速く旅立ってしまいました。ひときわ夫人のガッツに寄り添えば、妄想や幻覚にも細やかな姿勢が出来たかもしれません。

私の姿勢は一言でいうなら【懸念】でした。自分に確信出来ない夫人の物腰が怖かったのです。パートナーのガッツに寄り添うことが出来れば、多少の間違いがあってもその介護は合格なのではないでしょうか。

夫人が亡くなってから、思う存分モヤモヤしたガッツを抱えていましたが、ここで材料させてもらい少しだけ気合が軽くなったようです。お付き合い頂いてありがとう。
夫人とのことは二度と無駄にはならないと信じています。例のシャンプーは、染まらない。使うなら、こっちだね。